私山ちゃんの過去・現在・未来をとりとめなく書いてます。


by yamachany
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カテゴリ:家族、親戚( 12 )

ギャラリー山ちゃん母

 今日、家に帰りポストをのぞくと、母からはがきが届いていました。
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 一ヶ月ほど前には、こんなはがきも。
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 うちの母、絵手紙を趣味としており、実家にはたくさん飾ってあります。祖父の葬式で先月実家に帰ったときには、消しゴムはんこも新たに趣味に加わったようで、いくつかの手作りはんこがありました。

 ちょっとだけ春の訪れをポストの前で感じたのでした。
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by yamachany | 2006-03-15 20:08 | 家族、親戚

歳にまつわるエトセトラ

 おじいちゃんの通夜が終わったあとの会食での二コマです。

①そこまで言われると・・・
  何年か振りに会った叔母さんが、私を見るなりこう言いました。

  「山ちゃんさん若いね~。高校生でもいけるんじゃないの!?」

  確かに私、いつも実際の年齢よりも若く見られることが多いです。それはうれしいんですけど、10以上も下の高校生と実際並べば、その差は歴然とするでしょうに・・・。これが大学生のときだったら、「ほんとですか~?アリガトウゴザイマス(*^_^*)」って素直に喜んだのですが、今はさすがに・・・。「は、はあ、そうですか・・・^^;」と気のない返答しかできませんでした。


②それここで言うなよ~!!
  私の弟と、いとこ4人の計6人で話していたときのこと。いとこの中には、もう何年もあってない人もいたので、みんなの年齢がよく分からない状況でした。一番年下のうちの弟は、「顔も見たことがない」といういとこがいました。そこで、みんなで年齢を自己申告しました。

 みんなの申告が終わったあと、弟がため息混じりにこう言いました。

  「もう25になったのがぁ・・・」

 他の5人の年齢構成は、30代3人、30により近い20代2人。弟の言葉を聞き、一瞬空気が凍りました(笑)。そこですかさず、いとこが

  「Tくん(弟)、それ本音だがもしれないけど、今みんなば敵さまわしたよ~(^_^.)」

 この言葉でみんな爆笑しました。確かに敵にまわしたと思う・・・^^;
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by yamachany | 2006-02-17 16:02 | 家族、親戚
 おととい、亡くなったおじいちゃんの家でろうそくと線香の番をしていたときのことです。この日ははじめから番をするように言われていたわけではなく、通夜の後の会食で父に頼まれました。私は普段コンタクトレンズをしているのですが、番することを想定していなくて、レンズのケースを実家に置いてきてしまいました。

 レンズをつけたまま一晩過ごすのはかなり辛いので、小皿を二枚借り、薄く水を張って、そこに一枚ずつレンズを外して台所に置いておきました。一瞬「コンタクトレンズ」とか紙に書いて貼っておこうかとも思いましたが、「まあ大丈夫だべ」とそのままにしておきました。

 そして翌朝。レンズをつけようと台所へ向かうと、なんと小皿がなくなっているではありませんか~(@_@;)ああ、やっぱり紙に書いとけばよかったなあ・・・と後悔しましたが後の祭り。ちょうどおばあちゃんが来たので、聞いてみました。


山:こごさ皿二枚なかった?

婆:ああ、洗ったよ~。

山:(やっぱり・・・(^_^;))コンタクトレンズ入ってらんだけど・・・。

婆:あれ!!ごめん!!どすべ~!!一応探してみるが。


 二人でシンクの中を探してみましたが、やっぱりありませんでした。おばあちゃんは「弁償するはんでの~。迷惑したじゃ」と反省していました。コンタクトレンズは一応うすーい色がついていますが、まず分かりません。やっぱり書いておけばよかったなあ、と私も反省しましたm(__)m

 結局、めがねを持ってきていたので、何とか事足りましたが、明日買いに行ってきます。レンズケースは常に携帯したほうがいいですね^^;

 
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by yamachany | 2006-02-16 12:33 | 家族、親戚

今実家です

 月曜の朝、実家から「おじいちゃんが亡くなった」と連絡があり、その日の夜の寝台列車に乗って昨日の朝実家に帰ってきました。昨年にもおじいちゃんが亡くなっている(5月半ばの記事参照)ので、2年連続です。家族・親戚が減るのはやっぱり寂しいです(>_<)

 昨日は、弟・従兄弟と4人交代でろうそく・線香の番をしました。トリノオリンピックを見ていたのですが、スピードスケートで眠気に耐えられず、「日本人選手が出たらまた起きる」と布団に入ったきり朝までぐっすり・・・^^;他の人に申し訳ないことをしました。

 弘前は予想通り雪が多いです。しかし、昨日は暖かかったのでずいぶん溶けたようです。それから家の前の道路がツルツルテカテカ!!タクシーを降りて、こわごわ家まで歩きました。

 もともと用があってこの土日弘前へ帰ってくるつもりでしたので、そのまま日曜まで実家にいます。しばらくはこちらから更新しますのでよろしくお願いしますm(__)m
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by yamachany | 2006-02-15 08:36 | 家族、親戚
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 これを眺めながら、両親がこう言いました。


母:「フイギュア」って流行ってるんだっての~。

父:だはんでこれも「フギア」だべな。







 ていうかあんたら、正解は





「フア」




ですから~!!!残念!!!
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by yamachany | 2005-09-23 07:30 | 家族、親戚

ある日の会話

父:たいやき食いてぇな~。

母:たいやき泳いでいってまったじゃ~。





・・・・・・・・・・。
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by yamachany | 2005-09-18 09:16 | 家族、親戚

母の一言

 昨日、鉄腕ダッシュを見ていました。ダッシュ村で、せみの抜け殻が出てきたとき、母がこう言いました。





「人間も、太ったら脱皮できればいいと思わない!?」





 言えてる・・・(^m^)
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by yamachany | 2005-09-05 10:38 | 家族、親戚

んがが・・・

 法務教官の試験後、妹とヒロトが、Aちゃんの家に遊びに来ました。当初はAちゃんと妹の家に遊びに行くことになっていたのですが、旦那さんに用事が出来たので、妹に「行きたい」と言われたのでした。

 Aちゃんの家に着いたのは18時頃。ヒロトは晩ご飯の時間なのでしょう。着いた途端に泣き出しました。妹がミルクを作っている間、「オギャー、オギャー、」と泣いていたのですが、そのうち自分の握りこぶしを口の中に入れ、

「んぐ、げほっ、げほっ、おぎゃ~」

とむせながらも、ずっとこぶしは入れたまま。「お腹すいてるんだろうなあ」と思いながらも、一人でむせている様子に笑ってしまいました。

 妹からミルクをもらうと、ものすごいスピードで飲み始めました。よっぽどお腹がすいていたのでしょう。Aちゃんと「すごい飲みっぷりだねえ」と言うと、「保育園からもそう言われる」とのこと。

 ミルクを飲み終えるとヒロトはゴキゲン。妹から、おもちゃの歯ブラシをもらって遊んでいました。こんな感じのものです(絵が下手で・・・すみません^^;)。
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 最初は歯ブラシのところを口に入れていたのですが、ふとした拍子で持ち手の部分を縦にして口に入れ始めたのです。もちろん口の中に収まるはずがありません(大人でも厳しい)。入らないことにイライラしているのか、

「んがが、んがが、・・・、おぎゃ~、おぎゃ~」

と泣き始めました。そりゃ~入るわけないだろ、と思いながら、その様子があまりにおかしかったので爆笑してしまいました(^^)妹が歯ブラシの部分を入れなおすと、泣き止みました。

 しかし、赤ちゃんは何でも口に入れたがります。スーパーのビニール袋や、Aちゃんのこたつの掛け布団・・・。今のお気に入りはタオルのようです。よく赤ちゃんが異物を飲み込んだ、という話を聞きますが、目をはなした隙にやっちゃうんだろうなあ、とミョーに納得しました。

 
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by yamachany | 2005-06-19 08:37 | 家族、親戚

土地土地の風習

 月曜日、祖父の納棺が行われました。棺の中には様々なものが入れられました。祖父が生前よく読んでいた野菜と相撲の本、親族の爪や髪の毛、白い菊の花などなど。

 その中で、「あの世にいってもお金に困らないように」と餞別を入れる、というのがこの地方の風習のようです。関東出身の、いとこのお嫁さんが「こういうのは地元にはありませんねえ~」と言っていました。つーか私も初めて知りました(^_^.)

 とはいっても本物のお金を入れるのではありません。小さな白い紙に、黒いペンでお金の絵を描くのです。金額は人それぞれ。千円や一万円、中には百万円札を描いた人もいました。

 いとこのHも餞別を作っていました。六万七千円にするつもりで描いたらしいのですが、こんな風に描いてしまいました。

「¥6,7000」

 弟がすかさず、「6.7・・・?これ何ぼなんずよ~!」と突っ込みを入れていました。Hは、「これでいーんだいな!」と強がっていました。その様子を見たみんなは爆笑(^^)

 おじいちゃんあのお金使ってるのかなあ??
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by yamachany | 2005-05-21 09:30 | 家族、親戚

安らかに・・・

 先週の土曜日に、闘病生活を送っていた祖父(享年82)が亡くなりました。

 風邪を引いたのを見たことがないぐらい元気な人でした。毎日畑仕事に精を出し、冬は毎日雪片づけをしてくれました。病院なんて行ったこと無かったと思います。そんな祖父が3月下旬、自ら

「わ~病院さ行ぐじゃ」

と言ったそうです。検査の結果、末期の肺がんと判明。もって3ヶ月と診断されました。そのことを聞いた時、ショックでしたが、何か「あのおじいちゃんだったら治るんじゃないか」とそんなに心配にはなりませんでした。そのぐらい元気な人でしたから。

 入院生活が始まり、私もお見舞いに行きました。そのときは、普段とそんなに変わりなく元気でした。治療も少しではありましたが効果をあげ、GWには一時帰宅が許され、祖父はその日を心待ちにしていました。

 しかし、一時帰宅の直前、がんが足に転移したのです。足に激痛が走り、歩けないぐらいでした。それで結局一時帰宅が出来なくなりました。今考えればそのことが相当ショックだったのだろうと私は思います。

 8日に試験を終え、仙台から帰ってきて寝ました。次の日の朝早く、母から電話が来ました。

「おじいちゃん急に悪くなって、お父さんと3時に病院から呼び出されてずっといる。いづ帰れるがわがんね~はんで」

 全然気付かなかったので驚きました。その日以来、常に母と伯母2人のうち、2人が交代で泊まりこみで看病しました。弟とお見舞いに行って見た祖父は、酸素マスクを付け、体中に管をつけていました。たったの1ヶ月でここまで悪くなるとは・・・その時はさすがにショックでした。

 それでも小康状態が続いていたのですが、金曜日の午後、医師からみな呼び出されました。一時血圧が84まで下がり、意識がなくなったとの事。もういつ逝ってもおかしくない状況になってしまいました。

 私もずっといてあげたかったのですが、なんせ日曜日は本命の家裁の試験。「おめはい~はんで勉強しろ」とみんなに言われ、帰ってきました。たった一人の我が家はがらんとしていて不気味でした。いつもよりカラスの鳴き声が大きいような気がして、気になりました。寝る前に、父に連絡をしたら、とりあえず落ち着いていると言われました。何とかもちますように・・・、と願いを込めながら布団に入りました。

 そして土曜日。午前中に勉強して、旅の準備をして、病院に寄りました。病室には母と伯母がいました。血圧等の測定器を見ると、何と血圧が40台でした。脈拍も、酸素摂取量も前日より落ちていました。呼吸はかなり浅く、かろうじて息が吸えている、といった感じでした。

 しだいに、父、伯母・伯父・いとこ、祖母・弟も集まってきました。脈拍の数値が拾えないぐらい弱くなってきました。機械がエラーを起こすようになってきたので、看護師さんを呼びました。お休みの日だった医師も呼びました。

 と、その時、祖父の呼吸が止まり、血圧も測定不能に。

「父さん、起きねんでこのままいぐの馬鹿くせぐねんだか!起ぎてバナナ食うんでねがったんだか!!」

と、父が泣き叫びながら祖父の体をゆすりました。その声が病室に響き渡ったとき、こらえていた涙がどっとわいてきました。みんなも泣いていました。看護師さんが医師の到着まで心臓マッサージをしてくれました。

 約10分後、医師が到着。脈をみて、瞳孔の確認。ペンライトを消し、

「ご臨終です。」

の一言。みんな深々と頭を下げました。私はもう仙台への出発の時間が迫っていたので、すぐ病室を出ました。伯父がバスターミナルまで送ってくれたのですが、その間何回も涙が出てきました。ちょっと寄ったつもりが、まさか最期を見ることになろうとは思いもしなかったので、本当に悲しかったです。「じゃ、おじいちゃんの分まで頑張って」と声をかけられ、車を降りました。

 バスターミナルで何回も泣きそうになりましたが、「最期を看取れてよかった」「おじいちゃんがきっと天国から応援してくれる」といい方に考えて、バスに乗りました。

 祖父は大勢(9人)に見守られ、苦しむことなく静かに息を引き取りました。それは祖父にとっては幸せだったのではないかと思います。きっと、今頃天国で久し振りに曾祖母や伯母に会っていることでしょう。いつもいた人が我が家から姿を消したのは寂しいことですが、これからもずっと私たちのことを見守ってくれるとみな確信しています。

 安らかにお眠り下さい・・・。

 
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by yamachany | 2005-05-19 09:30 | 家族、親戚